09/25: オレガで働く開発エンジニアの1日を追う!
オレガではたらく開発エンジニアの1日に密着してみましたパシャッ!! Σp[【◎】]ω・´)
オレガでの1日はどんな1日なんでしょうか?
早速、動画で覗いてみましょう!!
今回、密着取材をした清水さんにインタビューもしてみました。
Q1.前職は?また転職の理由は?
前職はデザイン事務所で広告・Web制作のデザイナーでした。
今後の自身のキャリアアップにおいても、様々な技術を吸収したい意欲とビジネスの可能性の幅広さが覗える、WEBアプリケーション開発に挑戦したいと思いオレガに決めました。
Q2.入社前と後でギャップはありましたか?
未経験の技術を含め、入社前は様々な不安もありましたが、社員の方達の明るい雰囲気や、周りの先輩方のフォローもあり、スムーズに業務へ入って行く事ができました。
Q3.オレガの社風を含めてオレガはどんな会社ですか?
役員の方々を始め、個人の意見を熱心に聞いてくださるので風通しの良い環境だと思います。
Q4.オレガの魅力はなんですか?
雰囲気も明るく、親しみやすい職場です。
自分がやりたいと思った事に積極的にチャレンジさせてもらえる環境も、とても大きな魅力だと思います。
オレガでは一緒に働いてくれる方を募集しております。
開発をサポートしてくれる♪゚+.o.+゚♪アルバイトの方も募集中♪゚+.o.+゚♪
詳しくは“こちら”から。
お気軽にお問合せください!
ご応募お待ちしております(o´∀`o)ノ
オレガでの1日はどんな1日なんでしょうか?
早速、動画で覗いてみましょう!!
今回、密着取材をした清水さんにインタビューもしてみました。
Q1.前職は?また転職の理由は?
前職はデザイン事務所で広告・Web制作のデザイナーでした。
今後の自身のキャリアアップにおいても、様々な技術を吸収したい意欲とビジネスの可能性の幅広さが覗える、WEBアプリケーション開発に挑戦したいと思いオレガに決めました。
Q2.入社前と後でギャップはありましたか?
未経験の技術を含め、入社前は様々な不安もありましたが、社員の方達の明るい雰囲気や、周りの先輩方のフォローもあり、スムーズに業務へ入って行く事ができました。
Q3.オレガの社風を含めてオレガはどんな会社ですか?
役員の方々を始め、個人の意見を熱心に聞いてくださるので風通しの良い環境だと思います。
Q4.オレガの魅力はなんですか?
雰囲気も明るく、親しみやすい職場です。
自分がやりたいと思った事に積極的にチャレンジさせてもらえる環境も、とても大きな魅力だと思います。
オレガでは一緒に働いてくれる方を募集しております。
開発をサポートしてくれる♪゚+.o.+゚♪アルバイトの方も募集中♪゚+.o.+゚♪
詳しくは“こちら”から。
お気軽にお問合せください!
ご応募お待ちしております(o´∀`o)ノ
06/23: オレガ取締役開発本部長 塩田さんの元へゆく②
*☆*―――――――――――――――――――――――――――――――*☆*
塩田さんに聞いてみました10の質問
――――――――――――――――――――――――――――――――――
続きの残り5問。
Q6:塩田さんから見た三好さんはどんな人ですか?
う~ん。そうですね~・・・オレガの中で誰よりも一番、付き合いが長いのが私ですからね~(笑)学生の頃からだから10年以上になりますね~。う~ん難しいな(笑)
では、学生の頃と今の三好さんは変りました?
いや、性格的には変っていないですね。そうですね~、社長向きの人物だと思いますよ。方向を作れて引っ張っていけるタイプですね。
三好さんは昔からリーダータイプの人でしたか?
う~ん、切り込み隊長のように先頭に立ってというのとはちょっと違いますが、道筋を作った中で皆のベクトルを合わせてまとめていける意思を持っている人ですかね。結構そういうのって難しいですからね。
Q7:三好さんに会社をつくるからと誘われたときの感想は?
実際に誘われる前(話が具体的になる半年前くらいに)三好さんから「会社をつくりたいんだ。どう思う?」と聞かれていました。その時は、誰がやるやらないではなく「どう思う?」という話で私だけでなくいろんな人に聞いていたと思います。でも、その時点で「つくる」と言っているけど「つくるんだろうな」と思っていました(笑)
誘われたときは、99年の秋くらいかな?「私でいいのかな?」と思いました。
一方でその時、前職は辞めるつもりだったんですよ。会社を辞めて大学院へ戻ろうかな?と思っていたので、どっちにしろ会社を辞める事は決めていました。
どうして会社を辞めて大学院へ戻ろうと思ったんですか?
私が自動車メーカーへ入った理由は、自動車を作りたかったと言うより大学時代に機械系の学科にいたので日本の産業で自動車は機械系のハードウェアとしてメインだったのでメインのメーカー企業は一体どんな事をしてるんだろう?と言う部分に興味があり知りたかったから入社したんですよ。自動車自体に興味がまったく無かった訳ではないですが、中身を見たかっただけなので3年弱の勤務でほぼ分かったようなつもりになってしまったので継続してやっていきたい訳ではないので、どうなのかな?と思ってしまったんですよ。
大学院へ戻る事と会社をつくる事は全然違う方向ですよね?
明らかに違う方向ですが『今まで人がやっていない新しいことをしたい』と言う気持ちはどちらの方向にも共通していましたよ。
最初、作ろうと思っていた内容とは違ったんですが色々話していくうちに「メールの代替」というところにたどり着きそれをイイと思ってしまったんですよ(笑)イイと思った以上は自分も参加するべきだと思ったんです(笑)
イイと思っても参加しなかったら後で後悔すると思ったからですね。

Q8:塩田さんから見てオレガはどんな会社ですか?
まだ、色に染まりきっていない会社ですかね。それぞれオレガに対する興味を持っている部分が違った人達が集まってきてはいるんですが、ベクトルは同じ方向を向いていると思います。でも、個々の色は完全に混ざりきっていないと言う状態なので、いろいろな色に見えるという感じですかね。
Q9:今後オレガに必要な人はどんな人?
営業側では営業を引っ張っていけるような人ですかね。開発側ではプロジェクトマネージャーなどももっと必要ですが、ただ単に技術に対して興味があるというのではなく対抗してくれるような人が欲しいですね。
例えばこう言う技術の方がいいと思うという意見があれ理由を含め説明してくるような勢いがある人です。
Q10:これからオレガの仲間に入ろうとしている人達へ一言お願いします。
今までの経験をフィードバックしていく部分と経験を溜める部分の(LABOの様な新しい試み)と2つの部分が必要になってきています。
学校ではないので何かを教え込むという事はできませんが、一緒に何かを勉強して一緒に何かを作って行きたい。そして、一緒に失敗も成功もしたいと意欲を持ってきてもらえればありがたいなと思います。
それに対してこちら側も精一杯のサポートはしていきます!

塩田さん、ありがとうございました!!
塩田さんに聞いてみました10の質問
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続きの残り5問。
Q6:塩田さんから見た三好さんはどんな人ですか?
う~ん。そうですね~・・・オレガの中で誰よりも一番、付き合いが長いのが私ですからね~(笑)学生の頃からだから10年以上になりますね~。う~ん難しいな(笑)
では、学生の頃と今の三好さんは変りました?
いや、性格的には変っていないですね。そうですね~、社長向きの人物だと思いますよ。方向を作れて引っ張っていけるタイプですね。
三好さんは昔からリーダータイプの人でしたか?
う~ん、切り込み隊長のように先頭に立ってというのとはちょっと違いますが、道筋を作った中で皆のベクトルを合わせてまとめていける意思を持っている人ですかね。結構そういうのって難しいですからね。
Q7:三好さんに会社をつくるからと誘われたときの感想は?
実際に誘われる前(話が具体的になる半年前くらいに)三好さんから「会社をつくりたいんだ。どう思う?」と聞かれていました。その時は、誰がやるやらないではなく「どう思う?」という話で私だけでなくいろんな人に聞いていたと思います。でも、その時点で「つくる」と言っているけど「つくるんだろうな」と思っていました(笑)
誘われたときは、99年の秋くらいかな?「私でいいのかな?」と思いました。
一方でその時、前職は辞めるつもりだったんですよ。会社を辞めて大学院へ戻ろうかな?と思っていたので、どっちにしろ会社を辞める事は決めていました。
どうして会社を辞めて大学院へ戻ろうと思ったんですか?
私が自動車メーカーへ入った理由は、自動車を作りたかったと言うより大学時代に機械系の学科にいたので日本の産業で自動車は機械系のハードウェアとしてメインだったのでメインのメーカー企業は一体どんな事をしてるんだろう?と言う部分に興味があり知りたかったから入社したんですよ。自動車自体に興味がまったく無かった訳ではないですが、中身を見たかっただけなので3年弱の勤務でほぼ分かったようなつもりになってしまったので継続してやっていきたい訳ではないので、どうなのかな?と思ってしまったんですよ。
大学院へ戻る事と会社をつくる事は全然違う方向ですよね?
明らかに違う方向ですが『今まで人がやっていない新しいことをしたい』と言う気持ちはどちらの方向にも共通していましたよ。
最初、作ろうと思っていた内容とは違ったんですが色々話していくうちに「メールの代替」というところにたどり着きそれをイイと思ってしまったんですよ(笑)イイと思った以上は自分も参加するべきだと思ったんです(笑)
イイと思っても参加しなかったら後で後悔すると思ったからですね。

Q8:塩田さんから見てオレガはどんな会社ですか?
まだ、色に染まりきっていない会社ですかね。それぞれオレガに対する興味を持っている部分が違った人達が集まってきてはいるんですが、ベクトルは同じ方向を向いていると思います。でも、個々の色は完全に混ざりきっていないと言う状態なので、いろいろな色に見えるという感じですかね。
Q9:今後オレガに必要な人はどんな人?
営業側では営業を引っ張っていけるような人ですかね。開発側ではプロジェクトマネージャーなどももっと必要ですが、ただ単に技術に対して興味があるというのではなく対抗してくれるような人が欲しいですね。
例えばこう言う技術の方がいいと思うという意見があれ理由を含め説明してくるような勢いがある人です。
Q10:これからオレガの仲間に入ろうとしている人達へ一言お願いします。
今までの経験をフィードバックしていく部分と経験を溜める部分の(LABOの様な新しい試み)と2つの部分が必要になってきています。
学校ではないので何かを教え込むという事はできませんが、一緒に何かを勉強して一緒に何かを作って行きたい。そして、一緒に失敗も成功もしたいと意欲を持ってきてもらえればありがたいなと思います。
それに対してこちら側も精一杯のサポートはしていきます!

06/22: オレガ取締役開発本部長 塩田さんの元へゆく①
◆Profile◆
1997年 3月 東京農工大学大学院 工学研究科 機械システム工学専攻 博士前期課程 修了
1997年 4月 富士重工業株式会社 入社
富士重工業株式会社 スバル開発本部内装設計部
多段インフレーター内臓エアバック制御システムの設計、開発に従事
2000年 2月 富士重工業株式会社 退職
2000年 3月 株式会社オレガディールを設立 取締役に就任
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塩田さんに聞いてみました10の質問
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Q1:パソコンはいつごろから興味を持ち始めましたか?
よく覚えていませんが、小学校3.4年生頃かな?かなり早いですよ。
その当時は、まだあまり持ってる人がいな時期ですよね?
そうですね~。あまり持っている人はいなかったですね。
Q2:パソコンに興味を持ったキッカケは?
正直言って覚えていません(笑)当時は、まだパソコンとう言葉でなく“マイコン”とか言われていた時代かな?本当によく覚えていないんですがいつの間にかもう持っていたという感じなんですよ(笑)
では、最初にマイコンを触ってしたことはなんですか?
当時は、今のパソコンの様にソフトがあって使えると言う訳ではなかったので「ベーシック」という言語になるんですがプログラミングをして使うという感じだったのでマイコン(パソコン)に興味を持ったのではなくプログラミング自体に興味を持ったのかもしれませんね。
当時は、自分でプログラミングをしないと使えなかったんですか?
そうですね。若干売っているソフトはありましたが今ほど種類はなかったですね。初めて触ったのが自分の父親が勤務していた会社にあったソフトを触ったりプログラミングさせてもらったりだったかと思います。

Q3:IT業界で尊敬する企業、または人物は?
難しい質問ですね。『IT』には興味がありますが「業界」そのものにはあまり興味がないんですよね~(笑)自分は日本ではまだ「業界」になっていないのでは?と思っている部分があるんですよ。他の人がしている事であれはいいなとか断片的に思うことはもちろんありますが。
でも、その中でも凄いと思う方は“ソフトバンクの孫社長”ですかね。あの方は日本でいう「IT業界」を日本で1から作った方だと思うのでその点は凄いと思いますね。
Q4:今後の日本のIT業界について思うことは?
海外へ行けばMicrosoftやIBMなどなど大手は沢山いますからねMicrosoftはあまりにも凄すぎて若干身近ではない気がしますが(笑)今後は日本も本当の意味で「業界」になっていくのではないかな?と思っています。日本ではこれからでしょうね。
Q5:今後のオレガについて思うことは?
営業側ではどこにフォーカスを当てるのかを決める時期に来ていて今までは小さいながらも「なんでもやります」と言う状態でしたが、それだとアプローチ的には“待ち”に近いのでそろそろ“攻め”に入る時期ではないかなと思っています。
逆に技術的な部分だと今まで集約したものを一度バラバラにして今まで以上に良いものを新たに作ろうとしている時期なので営業側と開発側で違う方向に行っているように見えますがこれが合わさって集約されれば更に太いベクトルになると思うのでオレガもこれからですね!

05/18: オレガ 吹野会長へインタビュー!!

◆Profile◆
1965年 一橋大学 経済学部卒業 日本電子株式会社 入社
1970年 日本電子USAマーケティングマネージャー
1974年 セイコー電子工業株式会社 入社
1985年 ハーバード・ビジネススクール上級経営学コース(AMP)修了
1994年 デルコンピューター株式会社(現:株式会社デル代表取締役会長に就任
2004年5月より同社顧問
2004年5月 株式会社吹野コンサルティング設立 同社代表取締役社長
株式会社オレガディール(現:株式会社オレガ)に参加 同社取締役
2006年3月 株式会社オレガ 会長に就任
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吹野会長から見た三好社長
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技術屋さんだけど、経営も出来るバランスの取れたとても魅力的な人ですね。
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吹野会長から見たオレガの魅力
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『オレガの魅力』は3つあります。
1つ目“オレガの人”
社長三好さんをはじめ取締役と従業員と若い人達が情熱があること。
2つ目“オレガの製品“Alternax”
インターネットが本格的に普及しはじめて10年くらい経ち仕事上でインターネットが使われるようになり自分達の会社だけでなく他の企業とコラボレーションをして会社の外と協力をしながら仕事を進める事が増えてきたが、そこで重要になってくるのがセキュリティーの問題。今まで外部との共同作業を安全に繋ぐソフトがなかったが新しいインターネット時代の為の製品をオレガが作り出したこと。共同作業ソフトのニーズは今後も益々増えると思う。
3つ目いわゆる“ベンチャー企業”がどこまで大きくなれるのか夢がある。
オレガの製品が日本以外、グローバルで標準化されるようになればベスト。
その期待も出来る!!
人・製品・夢 3つがオレガの魅力だと思います。
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オレガに今後期待すること
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テレ朝、一橋、キリンビール医薬カンパニーなど一流の企業でオレガのソフト「Alternax」が採用されたので第一ステージではいいところまでこれたと思う。
これから第二ステージではAlternaxを世の中に普及させていくことですね。
変化・改善していかなくてはいけないところ、変化・改善はするが捨ててはいけないところはあるので、そこをきちんと見極めてオレガの製品が使いやすくて良い製品であるということを周知させて行って欲しいですね。
*☆*―――――――――――――――――――――――――――――――*☆*
オレガへメッセージ
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忙しさにかまけず『役立つ会社』になって欲しい。ただ単に利益を上げる会社ではなくお客様はもちろんのこと、社長以外の社員全員にとって存在価値のある企業を目指して欲しいです。

吹野会長の休日の過ごし方や最近ハマっている事など、意外な一面が?!
お楽しみに!!
*☆*―――――――――――――――――――――――――――――――*☆*
オレガ誕生の秘話~今だから言える・・・『設立後の奮闘』
――――――――――――――――――――――――――――――――――
実は最初は何をするかなんて決まっていなかった(笑)
設立する少し前、ちょうどオンザエッジ(現ライブドア)の堀江さんの会社やサイバーエージェントの藤田さんが話題になっていて、「どうやらこれからネットビジネスが来るらしい!」ってことだけは理解した状態で、当時はまだまだネットバブル(苦笑)だったから、単純にポータルサイトや広告をやったら儲かるのかって勢いで、“会社をつくる本”を見ながら作っんだけど(笑)
会社は設立したものの、実のところ“何をすれば”いいのかは全然分からなかった。そもそも売るものがないから、商品を作るところから始めなきゃいけなかった。当たり前だけど、“会社をつくる本”には会社を立ち上げるまでのやり方は書いてあっても、その後の事は書いていないからね(笑)
それで何とか会社を設立したらITバブルが崩壊してしまって・・・。正直言って、ハチャメチャなスタートだし運がないと思ったよ。起業家の先輩もいないし、当時話題のビットバレーにも接点がないし、単純に広告を売る気もなかったし、ネットのテクノロジーに強い訳でもなかった。でも、元々あったアイディアを形にしていこうということで、まずは製品開発を始めるために資金調達をしようということになった。
経営ってなんですか?営業ってなんですか?っていう状態で始まったから、「事業計画書ってのを作るらしいよ」ということで、見よう見まねでとりあえずそれらしきものを作ってみて、ベンチャーキャピタルに送ったりしたんだけど、どこのキャピタルからも駄目だしされたんだよね(笑)ただ、それでもめげずに何度も事業計画書を書いていると徐々に内容が良くなってきたらしく、その内に投資家の前でプレゼンしてみろって声をかけてもらえた。それでエンジェル投資家の集まりで事業計画書をプレゼンしてみたら、それが意外に感触が良くって、複数の投資家から最初の投資をしてもらえたんだよ。
その最初に投資してもらった資金で製品開発をして、設立して1年半くらいたってようやく最初の製品が完成した。それで、その最初の製品が初めて売れたのが設立2年後(笑)だから、設立から2年間は研究開発しかしていなくて、売上はゼロだったんだよ。
今ではもう懐かしいけど、この最初の投資をしてもらえなかったら、今のオレガはなかったったんだろうね。
*☆*―――――――――――――――――――――――――――――――*☆*
会社を設立して感じたこと
――――――――――――――――――――――――――――――――――
会社を設立した途端にITバブルが崩壊して「運が悪いなぁ」と思った出だしから、何をしたらよいのかが分からず、つまずきながら色々なことを学んできたね。
ビジネスを進める過程で周りに近づいてきてくれた有能な人材は、どんどん取り込んできたよ。
出会いや縁というものは本当に大切だね。あと他にはコミュニケーション能力とお金の勘定が大切かな。やっぱ、お金の勘定ができないと経営はできないよ(笑)お金の勘定は生き方が反映しているものだからなかなか難しいけど、やっぱりお金の使い方がうまい人が経営上手に見えるね。もちろんお金だけではなく、明るさや向上心もないと駄目で、暗い人やただ単に真面目なだけの人も経営は難しいかもしれないね。
*☆*―――――――――――――――――――――――――――――――*☆*
今後のビジョン・目標
――――――――――――――――――――――――――――――――――
●今のビジネスでしっかりとした会社にすること。
●やっぱり株式公開。3年後位を目指します。

※1三好さん、ありがとうございました!
※1当社は、名前で呼び合うので風通しの良い職場環境です。
【次は誰の元へ突撃インタビューに行くのでしょうか?!】
次回の対談もお楽しみに。
オレガ誕生の秘話~今だから言える・・・『設立後の奮闘』
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実は最初は何をするかなんて決まっていなかった(笑)
設立する少し前、ちょうどオンザエッジ(現ライブドア)の堀江さんの会社やサイバーエージェントの藤田さんが話題になっていて、「どうやらこれからネットビジネスが来るらしい!」ってことだけは理解した状態で、当時はまだまだネットバブル(苦笑)だったから、単純にポータルサイトや広告をやったら儲かるのかって勢いで、“会社をつくる本”を見ながら作っんだけど(笑)
会社は設立したものの、実のところ“何をすれば”いいのかは全然分からなかった。そもそも売るものがないから、商品を作るところから始めなきゃいけなかった。当たり前だけど、“会社をつくる本”には会社を立ち上げるまでのやり方は書いてあっても、その後の事は書いていないからね(笑)
それで何とか会社を設立したらITバブルが崩壊してしまって・・・。正直言って、ハチャメチャなスタートだし運がないと思ったよ。起業家の先輩もいないし、当時話題のビットバレーにも接点がないし、単純に広告を売る気もなかったし、ネットのテクノロジーに強い訳でもなかった。でも、元々あったアイディアを形にしていこうということで、まずは製品開発を始めるために資金調達をしようということになった。
経営ってなんですか?営業ってなんですか?っていう状態で始まったから、「事業計画書ってのを作るらしいよ」ということで、見よう見まねでとりあえずそれらしきものを作ってみて、ベンチャーキャピタルに送ったりしたんだけど、どこのキャピタルからも駄目だしされたんだよね(笑)ただ、それでもめげずに何度も事業計画書を書いていると徐々に内容が良くなってきたらしく、その内に投資家の前でプレゼンしてみろって声をかけてもらえた。それでエンジェル投資家の集まりで事業計画書をプレゼンしてみたら、それが意外に感触が良くって、複数の投資家から最初の投資をしてもらえたんだよ。
その最初に投資してもらった資金で製品開発をして、設立して1年半くらいたってようやく最初の製品が完成した。それで、その最初の製品が初めて売れたのが設立2年後(笑)だから、設立から2年間は研究開発しかしていなくて、売上はゼロだったんだよ。
今ではもう懐かしいけど、この最初の投資をしてもらえなかったら、今のオレガはなかったったんだろうね。
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会社を設立して感じたこと
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会社を設立した途端にITバブルが崩壊して「運が悪いなぁ」と思った出だしから、何をしたらよいのかが分からず、つまずきながら色々なことを学んできたね。
ビジネスを進める過程で周りに近づいてきてくれた有能な人材は、どんどん取り込んできたよ。
出会いや縁というものは本当に大切だね。あと他にはコミュニケーション能力とお金の勘定が大切かな。やっぱ、お金の勘定ができないと経営はできないよ(笑)お金の勘定は生き方が反映しているものだからなかなか難しいけど、やっぱりお金の使い方がうまい人が経営上手に見えるね。もちろんお金だけではなく、明るさや向上心もないと駄目で、暗い人やただ単に真面目なだけの人も経営は難しいかもしれないね。
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今後のビジョン・目標
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●今のビジネスでしっかりとした会社にすること。
●やっぱり株式公開。3年後位を目指します。
※1三好さん、ありがとうございました!
※1当社は、名前で呼び合うので風通しの良い職場環境です。
次回の対談もお楽しみに。
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オレガ誕生の秘話~今だから言える・・・『退職~オレガディール誕生』
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当時は車関連の技術しか持っていないし、他の企業の事や他の業界の事も知らないから、転職と言っても同じ車や機械関連メーカーしか現実的な選択肢にならなかった。それで、なまじホンダが優良企業だった分、転職先候補の条件が皆悪すぎて転職も意味がないと思ってしまった。その時、お風呂に入りながら漠然と「会社でも作ろうかな」と思ったんだよ(笑)
それから塩田(現在、取締役開発本部長)に「会社を作らないか?」って話を持ちかけたんだ。
塩田は当時、富士重工へ勤務していて、やはり現状に不満を持っていたらしく、大学へ戻って博士号を取ると言っていたんだけど、「そんなのはいつでもなれる」って巻き込んだんだよ(笑)※この時2人がよく会う場所はファミレスだったそうです。
★自分でやりたいことができない。
★転職する進路がなかった。
★どうせやるなら自分でやる。
1999年11月に退職希望を出したけどなかなか辞められず、辞めたのは2000年2月。
それから翌月3月に私が800万、塩田200万を出し合って「オレガディール誕生」となる訳だけど・・・
会社は“会社をつくる本”を見ながらつくった。(笑)
会社をつくるまでは結構、簡単なんだよ(笑)
問題はその後・・・会社をつくってからが大変だった・・・

※今も社内の本棚には設立当時、読んでいた本が置いてありました。
【この続きはまた明日“設立後の奮闘”で】
オレガ誕生の秘話~今だから言える・・・『退職~オレガディール誕生』
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当時は車関連の技術しか持っていないし、他の企業の事や他の業界の事も知らないから、転職と言っても同じ車や機械関連メーカーしか現実的な選択肢にならなかった。それで、なまじホンダが優良企業だった分、転職先候補の条件が皆悪すぎて転職も意味がないと思ってしまった。その時、お風呂に入りながら漠然と「会社でも作ろうかな」と思ったんだよ(笑)
それから塩田(現在、取締役開発本部長)に「会社を作らないか?」って話を持ちかけたんだ。
塩田は当時、富士重工へ勤務していて、やはり現状に不満を持っていたらしく、大学へ戻って博士号を取ると言っていたんだけど、「そんなのはいつでもなれる」って巻き込んだんだよ(笑)※この時2人がよく会う場所はファミレスだったそうです。
★自分でやりたいことができない。
★転職する進路がなかった。
★どうせやるなら自分でやる。
1999年11月に退職希望を出したけどなかなか辞められず、辞めたのは2000年2月。
それから翌月3月に私が800万、塩田200万を出し合って「オレガディール誕生」となる訳だけど・・・
会社は“会社をつくる本”を見ながらつくった。(笑)
会社をつくるまでは結構、簡単なんだよ(笑)
問題はその後・・・会社をつくってからが大変だった・・・

◆Profile◆
1970年 群馬県生まれ、現在35歳
1997年 東京農工大学大学院 工学研究科 機械システム工学専攻
博士前期課程 修了
本田技術工業株式会社 入社
株式会社本田技術研究所
朝霞研究所第1研究ブロック 大型2輪エンジン最適制御技術の研究開発に従事
1999年 本田技研工業株式会社 ICVSプロジェクト室
近未来型地域交通システム(ICVS)プロジェクトに従事
2000年 株式会社オレガディールを設立
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社員が聞いてみたかった×××
――――――――――――――――――――――――――――――――――
Q1口喧嘩で負けたことはありますか?
A.そりゃ、ありますよ・・・(笑)
Q2 幼少時代はどんな子供でしたか?
A.小学校4年生までは愛知県一宮市にで過ごしていたのでその頃は、ガキ大将でリーダー的存在だったと思う。その後は、東京へ引っ越したけど、東京の文化が合わず消極的になったな。「東京の人は暗い!(笑)」。
Q3 尊敬している経営者は誰ですか?
A.先輩方は皆、尊敬しています。強いて一人挙げるとすれば任天堂の山内さんかな。
Q4 理想的な会社・社員は?
A.なすべき事をなす人とその集団。各自が自立していて言われたとおりに動くのではなく自分で仕事を作り出す人。自分達で仕事を作り出すからこそ120%の力が出せる改善軍団、これが理想です。
Q5 今、ハマっているものはなんですか?
A.子供と一緒に過ごすこと。※(昨年3月にお子さんが誕生されたそうです。ちなみに昨年嬉しかったことはお子さんが産まれたことだそうです)
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オレガ誕生の秘話~今だから言える・・・
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前職のホンダを辞めるまでには色々あったよ(笑)
ホンダでの仕事は楽しかったし、入社してすぐにそれなりの業績も上げて責任ある仕事もやらせて貰えたけど、良くも悪くも大企業だったから若くして上にあがるのは難しかった。
仕事の内容としては、単なる制御システムの開発だけでなくテストライダーも兼ねていて、その当時最速のCBR1100XXという機種を担当していたこともあって、毎週のように栃木のテストコースで280㎞/h以上出して走っていた(笑)。よく車雑誌に出てくる谷田部のオーバルコースも、もちろん280㎞/hでバンクの最上段を全開走行していたよ。世の中にIT社長は沢山いるけど、こんな経験をしている人は他にいないんじゃないかな。(確かにそうかも)
ただ、乗るのもあくまでも開発途中の車だから、やはりまれにテスト中に事故などもあって、それを考えると危険な割に給料は決して高くはなかったようにも思うね。もちろん、同世代のエンジニアの平均と比較したら決して悪くないと思うけど。
大企業で働くという事は長い階段を上がっていく人生でもあって、ホンダの年功序列システムの下では勤続15年くらいでようやく主任クラス。課長クラスになるには、そこから最低5年くらいはかかるので大体40歳前くらいなんだよね。そこまで行かないとなかなか予算が取れないし、予算がなければ当然やりたいことにも限界がある。当時は29歳だったんだけど、やはり色々な意味で焦っていたんだろうね。自分では面白いと思ったいくつかの企画を上程したんだけど、なかなか自分ではやらせてもらえなかった。悩んでいるときに相談した上司や先輩方に「あと10年待て」って言われて、「う~ん・・・」となってしまったんだよね。それでちょっと転職を考え始めて、一度はエンジニア適職フェアー(笑)なんてものにもいったんだよ。
